1964年7月、NASA 上層部はワシントンにおいて、アポロ宇宙船のハードウェアの様々な科学的研究への応用を検討するための研究室を立ち上げた。たとえば、
2基のサターンVを使用して、月着陸船をベースにした月面基地を建設する
月着陸船の居住区を改造し、有人の天体望遠鏡を軌道上に打ち上げる
月着陸船や指令・機械船を連結した小規模の宇宙ステーションを建設する
などいくつかの提案をしたが、大規模な宇宙ステーション建設計画には特に注目していなかった。だがこの研究室は2年後に「アポロ応用計画 (Apollo Applications Program, 略: AAP)」と名称を改め、重要な役割を果たすこととなった。
1964年8月、ジョンソン宇宙センター (Lyndon B. Johnson Space Center, 略: JSC) は使い捨て型の宇宙ステーション「アポロX」計画を提案した。これは S-IVB 上部(本来は月着陸船が収納される)に小型の宇宙ステーションを搭載し、15日間 - 45日間にわたって宇宙に滞在する計画である。この案を基礎にしていくつかの提案が出されたが、これに対してブラウン博士が提案したのは、もっと大胆なものであった。S-IVB および本来は宇宙船が搭載されるペイロード部分を丸ごと宇宙ステーションに改造し、S-IIの燃料タンクを飛行士たちの居住区にしてしまおう、というのである。
軌道上に到達すると、S-II はタンク内に残った余分な燃料をすべて放出し、飛行士はこの燃料タンクを居住区として活用する。ステーションを機動するために必要な電力は、船体外部に取り付けた太陽電池で賄う。こうすれば、33×45フィート以上もの広大な居住空間を確保できるはずであった。
夢あかり買物市場サーチ
プリスクール・海外留学関連教育ひろば検索
シェラトン ドライブ旅行サイト
どーるキレイ・美容サーチ
デュエット ビジネスオンライン
デリシャスライフスタイル市場情報
ガラムマサラ 医学プラザ全国情報ガイド
プラネットショッピングプラザサーチ
通信教育・生涯学習関連暮らしの学習全国情報ガイド
しかしながらこの方式には、その時点で発注されていたすべてのサターンV型ロケットは月飛行への使用が確定しており、予備のロケットは一機も存在しないという問題点があった。ただし、いくつかの司令・機械船および月着陸船の試験飛行計画がキャンセルされていたため、サターンIB型ロケットには若干の予備があった。そのため、サターンIB型ロケットにもっと小型のステーションを搭載して発射してはどうかという提案も出された。
ところがサターンIB型ロケットは、S-IVB を空の状態で軌道に乗せるには推力が不足していた。そのためサターンIB型ロケットで S-IVB を打ち上げる際には、必然的にタンクの中には燃料が搭載されていなければならなかった。この制限があったため、前記の「使用済ロケットの燃料タンクを居住区として利用する」というブラウン博士の構想が注目された。すなわち、サターンIB型ロケットで S-IVB を打ち上げ、宇宙ステーションとして活用する、という計画である。燃料タンク内にあらかじめ必要最小限の機器を設置しておき(このため発射される際には燃料は満タンにされることはない)、実験棟などの付属機器は別のサターンIB型ロケットで打ち上げ、軌道上でドッキングさせる。JSCはこのコンセプトに基づき検討を進め、S-IVB の製造元であるダグラス社に計画の準備を依頼した
1966年4月1日、JSC は S-IVB 改造に関する契約書を、ダグラス社・グラマン社・マクドネル社に送付した。宇宙空間で燃料を投棄することの危険性についての懸念が飛行士の間から出されたが、この年の7月には AAP(アポロ応用計画)1号・2号の実行が表明された。なおこの計画は、元々は地球周回軌道上にアポロ司令・機械船を打ち上げるために予定されていたのを流用したものであった。
その後、アポロ18号 - 20号までの計画がキャンセルされたため、サターンV型ロケットを AAP に使用できるようになった。より強力なロケットを利用できるようになったため、当初の計画であった「軌道上で燃料を投棄し、燃料タンクを居住区に改造する」という行程は不要になり、最初から完成されたステーションを打ち上げることになった。